学生とともにこの町、未来の水産業へ向かって舵をきる
学生とともにこの町、未来の水産業へ向かって舵をきる
今回ご紹介する地域コーディネーターは、宮城県石巻市を拠点に活動する「一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン(以下、フィッシャーマン・ジャパン)」の松本裕也さんです。「コーディネーターという仕事は自分の天職です」。と話す松本さん。地域の問題や地元企業の課題解決のため、学生とともに変化を起こしながら取り組んでいます。
福岡県出身の松本さんが、縁もゆかりもない石巻市で、「なぜ、誰よりも楽しく。誰よりも熱い気持ちを持って行動できるのか?」その本質に迫っていきたいと思います。
水産業の世界へ踏み出す
福岡県の高校を卒業後、大学進学のため東京へ。大学を卒業後は、新卒で採用されたヤフーへ入社。復興支援室への配属が決まり、そのタイミングで石巻市での生活をスタートさせました。
「震災後の石巻市で、ヤフーのメンバーとして何をやるかは、自分で考えて決めなさい。という方針のチームだったので、自分が何をやりたいか、色々考えましたね。この町を良くするための起点となる産業は何だろう?と考えたときに、水産業や漁業にフォーカスすることは、大事なことじゃないかと思ったんです。興味とかではなく、この町にとって本質的に価値があることが水産業であると思いました」。
当時、同じ部署の同僚が中心となり、フィッシャーマン・ジャパンを立ち上げていました。そこに、同じ想いを持った松本さんが加わります。現在は、震災後10年の節目で復興支援室はなくなりましたが、松本さんはヤフーに所属しつつ、フィッシャーマン・ジャパンの活動もしながらダブルワークを行っています。
石巻市では、震災の影響も受け、水産業の衰退や次世代の担い手不足などの課題が加速し、水産業自体がなくなってしまうのでは……。という問題に直面していました。危機感をもった若手漁師、生産者や事業者、事務局としてヤフーの職員がメンバーとなり、2014年に「一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン」設立されました。これまで、「きつい、汚い、危険」のイメージとされていた水産業を、「かっこいい、稼げる、革新的」の新3Kに変えて、未来の水産業の形を提案していくことを、企業理念として掲げています。
フィッシャーマン・ジャパンでは、インターンシップを地域の企業や産業を変える起点となる取り組みとして捉えて活動しています。あくまでも「起点をつくること」。そこに重点を置いて、企業へ直接足を運ぶことも多いそうです。
人を巻き込むことで生まれるもの
松本さんが担当するのは、水産加工会社のサポートと若者の人材支援である実践型インターンシップ。
インターンシップのコーディネートを通じて、若い人たちが地元企業へ入っていくことで、企業側へ変化の働きかけを行う。それによって、学生だからこそ言えることや刺激を与えていきながら、変化のきっかけを作っていけるような仕組みを作っています。
「インターンの学生たちには、『全部疑ってかかれ!』と言っています。企業側も正解を分かっていないし、『これってなんの意図?』『本当にいいのか?』と常に疑問をもちながら、変わるバイアスをかけていくことが大事だよ。と伝えています。フィッシャーマンのメンバーとして、水産業を変えるために自分が動いている。という意識をつけて入ってもらっています」。
松本さんからサポートを受けた学生は、現場に入ってからも真摯に取り組む姿勢から、受け入れた企業側からも高い評価を得ています。結果、学生たちのファンになり、フィッシャーマン・ジャパンのこともポジティブに捉えてくれる効果もあるそうです。
学生や企業側からも、熱い信頼を得ている松本さん。話を伺っていると、松本さん独自の人との関わり方に秘密がありました。
「人と関わることがすごく好きなんですよね。学生時代に、自分と関わってくれた大人たちが、仕事に対して情熱を持っていて、すごくかっこよかったんです。自分の悩みや考えも対等に聞いてくれて、そういう人たちがいたおかげで、今の自分があると思っています。自分もそういう人みたいになれるのかな。と思いながらやってみたら、すごくしっくりきたんです。それで今のやり方になっていきましたね」。
松本さんは受け入れた以上、どんな学生でも最後まではり付いて伴走することを心掛けているそうです。それは、プロジェクトだけでなく、プライベートでも。基本的に、インターンできた学生は、期間中シェアハウスで生活をともにします。シェアハウスは、松本さんの仕事場でもあるので、一緒にご飯を食べて夜まで語りあうことも多いとのこと。
「シェアハウスには、必ず学生のコーディネーターを1人おくようにしています。メインコーディネーターは私ですが、一緒にプロジェクトの組成や面談も一緒に行ってもらうので、私の右腕みたいな感じですね。学生のケアやサポートも一緒にやっていますが、あとは学生同士でお互いに自然と刺激を受けて、いい方向に変化していくんです」。
学生にとっても松本さんにとっても、シェアハウスはさまざまなコミュニケーションや、新たな発見が生まれる大切な場所になっています。
ポジティブに人と関わっていく
松本さんにインタビュー中、「コーディネーターのお仕事をしていて、大変と感じることは何ですか?」と伺うと、「大変なことってあるかな……?」としばらく考えていました。
出た答えは、「全員が僕じゃないってことかな」。人と向き合うことに対して、楽しく関わっていきたいという松本さん。ただ、向き合う側の人のなかには、全く違う考えを持つ人や向き合うことに苦手な人など、時間をかけて関係性をつくっていく必要がある人も多いそうです。
「悩ましいなということはたくさんありますが、一喜一憂はしないです。長いスパンで見ると、割とどうにかなると思っています。物事のいい部分しか見えないタイプなので、正直あまり深く悩まないですね」。
一番大切にしている、「人との関わり方」に対しては、コスパやタイムパフォーマンスは、全く考えない。どんなに時間がかかっても、最後まで決して諦めない姿勢が、人を惹きつける魅力なのかもしれません。
今後の目標についても伺いました。
「フィッシャーマン・ジャパンでいうと、若い子たちが企業のなかで中心を担う人として、20人くらいが移住して集まってくれたらいいなと思います。この町の水産系の企業の3分の1くらいに入っていけるような流れになると、企業が変わるエンジンになってくると思うので。まずはそうなるように、若い子たちが働きやすい環境と、変化できるような土壌を整えることは引き続きやっていきたいですね」。
松本さん自身としては、人と関わっていくことや一人一人の人生にとって、ポジティブな存在になることを目標にしているそうです。これは、心の深い部分にある大事にしたい価値観だと言います。
なんでも楽しめる価値観を持てるように
最後に、学生に向けて大切にしてほしいこと、伝えたいメッセージをいただきました。
「学校での生活や普段の生活でも、『これが正しい』と言われて、インプットされることって多いと思うんです。でも、『こうあるべき』というのは一旦おいて、自分がどうありたいか。いいと思うものを素直に良いと言えるようになるためには、どうしたらいいか。まず、自分なりに考えることを大切にしてもらいたいなと思っています。」
松本さんは、学生たちが関わることをしっかりサポートしていくと、企業側が問題意識をもつようになり、町全体にも変化を起こすことができると実感しているそうです。
インターンシップは、フィッシャーマン・ジャパンの事業の一つとして、とても大事な起点となるものになっています。
これからも学生が、自分で考えて選べるような仕組みや、色々な価値観に触れる機会をつくっていくことが、松本さんの使命でもあります。
「学生たちには、『割りと楽しく生きていいんだよ』。と伝えたいです。楽しく生きている大人はいっぱいいるから、そういう大人になってもいい。と知ってもらえたらいいですね。自分がその一人でもあるので(笑)」。
相手と正面から向き合うことをおそれず、でも楽しむことは決して忘れない。
これからも松本さんは、水産業という新たな世界へ興味をもって飛び込んできた学生とともに、この町や水産業へ変化の波を巻き起こしていきます。